ごまのはえ『無口の湯』

 1月に家族で城崎温泉に行きました。たぶん何の参考にもなりませんが、私が感じた城崎の雰囲気をお伝えいたします。
 到着したのは夜でした。周囲から聞こえてくるのは関西弁がほとんどで、姫路や神戸方面から来たカップルが多いようでした。それから女子のグループも。とはいえ賑やかに騒ぐ人たちはいなくて、みな黙々と外湯を巡ります。薄く雪がつもった後で、下駄の音も響かないとても静かな町でした。私たちもさっそく外湯巡りをはじめました。城崎温泉には7つの外湯があって、お金を払うとそれらに入り放題になります。どれも趣向が違っていて、ひとつのお湯につかっていても、他はどうなってるんだろう?ここで満足していいのか?と不安になり、早々に次の湯に向かってしまいます。7つだからせめて4つは巡らなきゃ負けだと思い、脱いで、つかって、服を着てを繰り返すうちに、私たちもだんだん口数が少なくなりました。充実していたのかもしれません。
 翌日は朝から玄武洞に行きました。いかつい景観を前にしてまた無口になっていると、石段を上って来た男の子が「ズル」っとこけました。側にいた僕と同い年くらいのお父さんが「ほら!危ない言うたやろ!」と怒鳴ります。男の子は痛さにじっと耐えていたが、お父さんはかまわず「なんでお父さんの言うこときかへんにゃ、危ない言うたやろ」とまだ続けている。男の子はうずくまっていましたが、やがて普通に歩き出しました。あきらかにお父さんは軽んじられていました。僕はお父さんの軽んじられかたが絶妙に不幸だと思いましたが、それを横にいる家内にどう伝えればいいのかわからなくて、ますます無口になりました。以上です。

[一般社団法人に本劇作家協会 会報「ト書き」52号より]

リーディング企画 桂 九雀と13人の劇作家『日めくり半七物語』